見えない貧困 埼玉発 崩れる暮らしと仕事
派遣社員〔2〕
35歳 6つ目の職場
「どんなに働いても給料は同じ」
 
派遣会社に登録すると、仕事紹介のメールが携帯電話に次々と送られてくる

 勉強が苦手だったという大久保祐司さん=仮名=(35)は県西部の中学校を卒業後、調理の専門学校に一年通い、住み込みですし店に勤めた。月収は八万円。「給料をもらえるだけでもありがたいと思え」というような職場だった。

 一年で辞め、十七歳の時に大手スーパーの紳士服売り場で契約社員として勤務した。月収は十四万円になったが職場結婚して一年で退職。二十二歳まで建設現場で働き、家計を支えた。

 さらに安定した仕事を求め、知り合いのつてでとび職に転職。十年間勤めてためたお金を元に念願だったバーを開店した。だが、店は赤字続きで一年半で閉店した。生活苦から妻との間に亀裂も生じていった。

 離婚して一人になり、仕事もなくなった。既に三十歳を過ぎ、特別な技能もない。「とりあえず働かなきゃ」と、人材派遣会社に登録した。特に面接はなく、必要事項を書き込むだけで済んだ。その後、会社の薦めで、派遣社員の人繰りを付ける営業に転身した。

 派遣する側として、不安定な暮らしを続ける派遣社員を数多く見てきた。大きなバッグと携帯電話を手に集合場所にやってくる男性がいた。仕事の間、バッグは車のトランクに入れて預かる。仕事が終わり「夜はどこにいるのか」と聞くと、男性は「公園」と答えた。

 大久保さんは「派遣の中には働く意欲がなく、だらだら過ごしている人もいるが、『もったいないな』と思う人も多い。ただ、正社員になりたくても(給料が出るまでの)一カ月半の生活費がない人がほとんど」と残念がる。

 大久保さんが勤めた派遣会社では、顧客から時給千三百円から千五百円で仕事を受けていた。そのうち派遣社員に支払われる時給は九百円から九百五十円。一人を派遣すると一時間で五百円もうかる仕組みだ。

 ほぼ休みなく、毎日十五時間以上働き続けた。「同期に負けたくないと思ってやった。初めてのサラリーマン生活で、最初は無我夢中でした」。年末年始も出勤し、十カ所ほどある支店でトップの売り上げを維持した。

 しかし、正社員になって一年が過ぎると、だんだんと不満が膨らんできた。「どんなに長い時間働いても、どれだけ売り上げを上げても給料は同じじゃないか」。原因は会社と結んだ二つの契約だった。

(2008.1.12付掲載)

 

 

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