見えない貧困 埼玉発 崩れる暮らしと仕事
ネットカフェ難民〔2〕
住所不定 もう10年
「おれみたいな人いっぱいいる」
 
早朝の街。ネットカフェで夜を明かした男性はゆっくりと駅に向かって歩いていった

 サウナ、カプセルホテル、一泊数千円の簡易宿泊所、健康ランド、ネットカフェ。佐藤伸一さん(44)=仮名=はここ十年、県東部を中心にさまざまな場所で寝泊まりを続けてきた。家はない。派遣会社を通して週に三、四日働き、生活を支えている。

 大阪府の高校を卒業後、上京。神奈川県内で正社員として働くことが内定していたが、急に仕事がなくなった。あてもなくたどり着いたのが新宿。新聞配達などのアルバイトで日銭を稼ぎ、夜はカプセルホテルやサウナで寝た。

 住み込みでレンタルビデオ店で働いたこともあったが、二年ほどで閉店。再び不安定なアルバイトの生活に逆戻りした。その後、結婚を機に正社員として就職。宅配ドライバーを探す営業だったが「待遇面などでうそをつかなくちゃいけなくて…。人との会話も苦手。この仕事は向いてなかった」。仕事は続かず、妻と離婚。当時暮らしていた戸田市のマンションを出た。

 「それまで経験もあったし、自分はどうやっても生きていけると思っていた。選ばなければ仕事もあるし」。住む場所がなくなることに大きな抵抗はなかった。それから十年余り。両親は既に亡くなり、元妻や子どもとも連絡は取っていない。

 つらいのは病気の時。風邪をひいて仕事を休めば、その日の収入がなくなる。所持金がなければ野宿しなければならない。身分証明書はなく、当然、保険証もない。「市販の薬には詳しくなりますよ。歯痛のときは何がいいとかね」と笑う。

 二十年ほど前に新宿でアルバイト生活をしていた時は、ネットカフェの前身の漫画喫茶によく泊まった。一泊九百八十円。当時から泊まりの常連はいた。日雇いの仕事をやっている労働者風だったり、スーツ姿だったり。大半が二十代か三十代の男性だった。

 「今になってネットカフェ難民とかいわれるけど、二十年前にも同じような人はいた。見えていないだけで、おれみたいな人はいっぱいいる。でもそれなりになんとか生きてきた」

 厚生労働省は二〇〇七年八月、ネットカフェ難民について初の実態調査を行った。佐藤さんのように、家がなくネットカフェなどに寝泊まりしている人は全国で推計五千四百人。うち約半数が日雇い派遣などの不安定な非正規労働者だった。

(2008.1.8付掲載)

 

 

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