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決断 −出直し知事選
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代役の打診、すぐに決意 |
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告示九日前の五日朝。「県民参加の民主県政をめざす埼玉各界連絡会」(民主県政をめざす会)に、同会の要請を受けて立候補を予定していた弁護士大久保賢一氏から連絡が入った。 「出馬表明後、狭心症の発作が何度かあった。出馬を辞退させていただきたい」。同会は緊急の代表委員会を開いて協議したものの、「生命にかかわることでやむを得ない」と了承した。その日の団体・地域代表者会は、辞退の報告会になった。 急きょ代わりの候補者探しが始まった。高原氏の名前は翌六日午前の代表委員会で挙がった。 本人に同会の意向が伝えられたのはその日の午後。突然の依頼だったが、高原氏はすぐに要請を受け入れ、出馬を決意した。 「今回の事件には強い憤りを持っていた。候補者に名が挙がったことは光栄なこと」。一九九九年に県議に初当選し、共産党県議団長を務めた高原氏は、出馬会見でそう話した。 だが、混乱はそれで終わらなかった。同会は、高原氏の擁立を発表しつつ、坂東真理子氏と政策が一致できれば、坂東氏を支援し高原氏が降りるという可能性もあることに言及した。 この矛盾する方針を出した背景には、独自候補にこだわらず、よりよい候補、勝てる候補を求める声が幹部会や団体、地域代表者から「予想以上に」(会関係者)出たことだった。 結局、同会の方針は坂東氏側との協議が不調に終わったことで白紙に戻る。八日に会見した同会は、坂東氏側が団体推薦を受けない方針であること、坂東氏が土屋県政を今どう考えているのか、はっきり分からない、の二点で合意は見込めないと述べた。 「坂東氏支援のハードルは極めて高いと考えていた。しかし、さまざまな団体で構成されるわれわれは内部意見を尊重して民主的に決めていかなければならない」。同会の原富悟総括幹事の口調にいつもの歯切れの良さはなかった。 土屋県政下、県議会で唯一の野党として対決してきた共産党と、同党を構成団体に持つ民主県政を目指す会は、今回も独自候補を擁立して選挙戦に臨む。高原氏が力点を置く主張は「土屋前知事の県政私物化の実態解明」。前回の選挙で同党推薦の候補者が獲得した批判票六十八万票の確保を目指す。 (2003年8月12日掲載) |
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