親たちは動き始めた・ひきこもり第1部

9.親の会の発足


■孤立が孤立を呼ぶ

 連載第三回から第八回で、ひきこもりを考えるポイントを6点挙げた。ひきこもりは既に10年以上前からあったが、増えてきたのは最近だ。専門家や行政の支援は確立されておらず、親は世間の目を逃れて孤立する。

 問題の解決を困難にしているのは、親子ともどもひきこもってしまうという、この症状特有の性格にある。孤立が孤立を呼び、親が対応すれば状態を悪化させる例も多い。既に家庭内だけで対応するには限界にきている。これが「全国引きこもりKHJ親の会」が生まれた背景だ。

■産声

 1999年10月下旬、JR大宮駅西口のソニックシティに奥山雅久さん(56)をはじめ、5家族が集まった。後に他県にも広がり、400人を有するKHJ親の会のこれが第一歩だった。

 会の発足時はわびしいものだった。準備不足で部屋は予約できていない。仕方がないから廊下の隅にある喫煙室で会議を始めた。

 5家族はいずれもひきこもりの子どもの相談で県立精神保健総合センター(北足立郡伊奈町)に通っていた。同センターは同じ悩みを持つ親を集め、「青年期親の会」を月に2度開催している。

 「青年期」の会に参加した奥山さんらのグループは10家族で、99年の8月から始まった。「家族の在り方や若者の気持ちなど、教科書に載っているような話ばかり。具体的にどうすればいいのかアドバイスはなかった」と奥山さん。

 出席者は次第に減り、6回目の会合が終わるころには5家族になっていた。引き続き親の会として会議室の使用を申し出たが、センターの反応は冷たかった。

 「このまま会が解散してしまっていいのか」「せめて私たちだけでも会おう」。行き場を失った親たちは、ソニックシティで新たな出発を誓った。

■通達ない

 KHJ親の会以前にも、センター主催の親の会から自立し、親独自で運営する会があった。老舗(しにせ)の一つ「すみれ会」は活動を始めて10年になる。山下典子さん(65)=連載第4回参照=も同会のメンバーの一人。

 KHJ親の会はすみれ会をはじめ、県内の既存の4つの親の会の連合体として99年12月にスタートした。だれでも容易に電話ができるよう、会の連絡先を精神保健総合センターに頼んだが、断られた。

 奥山さんらは保健所を回り、ひきこもり問題への対応を訴えたが、こちらも反応は鈍かった。ある保健所で男性職員がこんな話をした。

 「厚生省から通達が来れば、私たちも動かざるを得ない」。この一言で会の方向性は決まった。「全国組織化を図り、行政を動かそう」

ひきこもりの原因 KHJ親の会のアンケートによれば、ひきこもりの原因はいじめや親、教師とのあつれきなど、人間関係が多い。受験に失敗(16%)もあったが、不明も23%を占めた。

(2001年1月25日掲載)

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