子ども虐待 家族間暴力の現場から 第3部(番外編II) 1
児童虐待防止法成立
抵抗かいくぐり誕生
五月十七日午後。十八歳未満の子どもを虐待した保護者の「親権」のごく一部を一時制限する内容などを盛り込んだ児童虐待防止法が参院本会議で全会一致で可決、成立した。年内に施行される。
この日は、森喜朗首相の「日本は天皇を中心とする神の国」発言をめぐる混乱で、本会議が二時間余り中断。その結果、午前中に予定されていた採決が午後にずれ込んだ。
一九九九年一月十四日に発足した故小渕恵三首相の第一次改造自民・自由(当時)連立政権は、公明党との連立も視野に入れていた(同年十月に実現)。その導火線の一つとして、同年三月の第百四十五通常国会で「青少年問題に関する特別委員会」を衆院に新設。委員長に公明と院内会派を組む改革クラブ幹事長の石田勝之氏(埼玉2区=川口市など)を選出した。
以来、約一年三カ月。子どもへの虐待防止や被虐待児救出策の強化のための法整備について模索を続けた同特別委の与野党議員たちの粘りが、議員立法として何とか形になった。
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すべての議員が前向きの姿勢を取り続けたわけではない。
関係者が「理解に苦しむ」と嘆くほど、提案にことごとく抵抗した官僚機構のB縄張り意識Cや、与党議員への切り崩し工作が激化した結果、及び腰になる議員も出るなど、虐待防止の新立法は「失速寸前」と報じられた時期もあった。
しかし、あきらめることなく議員たちを後押ししたり、エールを送り続けた虐待問題対応の最前線にいる専門職や虐待防止のNPO(民間非営利団体)の存在が大きかった。
そのことは、参院本会議採決前日の十六日、法案を審議した参院法務委員会に、提出者として出席、付帯決議を付けて全会一致で委員会可決するのを見届けた後に出席した「子ども虐待防止法をつくる市民ネットワーク」の集会での富田茂之委員長(公明、第百四十七通常国会から)の発言からもうかがえる。
「議員間には温度差があった。(目前に迫った総選挙で)票にはならない−と言う議員もいれば、熱心に議論を続けてきた理事クラスの議員もいる。正直いって成立は難しいかなと思っていた」
(2000年5月23日掲載)
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