子ども虐待 家族間暴力の現場から 第2部 9
児童福祉司
1人1800ケースも担当
優ちゃん(6つ)をせっかん死させたとして、傷害致死の罪に問われた美保(34)の控訴審で、高裁裁判長は二月十日、懲役二年六月(求刑五年)の実刑とした一審の地裁判決を支持し、美保の控訴を棄却した。美保側は上告中だ。
一審から継続して傍聴してきた児童相談所の地区担当児童福祉司は控訴審判決後、「一番つらかったのは優ちゃんですから…」とだけ言うと、高裁七階のエレベーターに乗り込んだ。
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子どもへの虐待防止や救出にかかわる児童福祉司(ソーシャルワーカー)が抱える心理的ストレスは、これまで一般にはあまり語られてこなかった。
米国ロサンゼルスの精神医療機関での診療経験を持つ臨床心理士の丸山恭子さんは、虐待防止の仕事は非常にストレスが多く、ソーシャルワーカーの「バーンアウト(燃え尽き症候群)」を引き起こす可能性もあることを、日本家族心理学会の年報十五号(金子書房刊)で紹介している。
それによると、ソーシャルワーカーが最も強いストレスを感じるのは、子どもを適切に虐待から救えない時だという。また、加害者である親も含めて援助したいにもかかわらず、親に対して法的権限を行使しなければならなかったり、子どもを親から離す作業をする際には「親の幸せを取り上げるかもしれない」といった感情を抱えるという。
危険にさらされていた子どもが死亡した場合にはなお深刻だ。他機関の専門職やメディアから「失敗したのではないか」「なぜ、子どもを家族から分離しなかったか」「死を避けられなかったのか」などの非難を受ける結果、達成感の少なさや感情的疲労を招き、仕事上の責任や新しい試みを避ける傾向まで生み出す、と指摘する。
日本弁護士連合会子どもの権利委員会は九八年六月、実際に虐待を受けていた子どもの救出にかかわった弁護士たちのノウハウをまとめ、「子どもの虐待防止・法的実務マニュアル」(明石書店刊)を発行した。その中で、虐待に対する児童相談所の活動をこう指摘した。
「一時保護のように、親の意志に反しても職権で親子を分離できる極めて強大な権限を持ち、子どもの緊急保護のために権限を行使することを社会的に期待されている。しかし、職務内容が多く、ハードで、一方で親と対立し、一方で親との交渉を続けていかなければならない困難な立場にある」
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優ちゃんの事件を管轄する児童相談所は、地区担当児童福祉司五人で二十市町村をカバーする。
相談所が抱える既存のケースは「終了」判断が難しいことも多く、施設措置中のものが約四百五十件。さらに、新たに受け付ける新規ケースが児童福祉司一人当たり年間約八十−九十件。つまり五人の地区担当児童福祉司は、虐待を含め、一人当たり年間約百七十−百八十件ものケースを受け持っていることになる。
優ちゃんの死亡について児童相談所は「内縁男性が変わっていたことがつかめていなかったなど、とかく近隣から孤立している家族ケースは適確な情報を得ることが難しく、反省点はある。九七年末の時点では適切だと思った方針がそうではなかった。結果はあまりにも重大だった」と語った。
市は「虐待を疑う通告を受けても、市福祉事務所は調査はできるが法的権限はない。福祉事務所が独自に果たすべき役割や、児童相談所との関係には多くの課題がある。今回は、市の保健婦が直接目撃し、福祉事務所に連絡があっただけに、救えなかったことは悔しい」と話した。
個人を責めるわけにはいかない。問われているのは、システムと連携だ。
=登場人物は仮名、敬称略=
■メモ 関東弁護士会連合会は九八年九月、長野市で開いた定期大会で「子どもへの虐待−その予防と救済のための提言」を発表し、児童福祉司の専門性の確保に言及した。「提言」は関係機関に対し、児童福祉司の仕事は「自治体のその他事務とは明らかに異質であることを認識すべきで、ソーシャルワーカーという職種が、伝統的な専門職である医師、弁護士などと同じ意味の専門職であるべきことが認知されなければならない」と求めている。
具体的には、専門性確保のため1養成機関の設置・充実2公的資格の付与3公的資格が創設されない場合は「福祉職」としての採用の復活や普及4現行「特殊勤務手当」などにとどまらない給与面での優遇措置−を要望している。
(1999年3月31日掲載)
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