子ども虐待 家族間暴力の現場から 第1部 9
後悔
つながらない情報
母親ヤスコ(25)の暴行で、ミノルちゃんが昨年五月に二歳三カ月で息を引き取るまでの過程で母子に接触できる可能性があったのは、付近住民だけではない。
自宅訪問や、「極低出生体重」で生まれた零・一歳児の母親を対象とした子育て支援教室への参加を呼び掛けたが、いずれもヤスコに拒否された管轄保健所は、対象を同二歳児の母親まで広げた講座も昨年春から始めた。保健婦に加え小児神経科医、臨床心理士などが協力している。
その対象児名簿の最初にあるのが一月生まれのミノルちゃんの名だ。だが、講座のスタート時期は事件に間に合わなかった。
「この名簿を見るたびに、二度と今回のようなことを繰り返してはならない−と思うのです」と、ある保健婦は語った。
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ヤスコたちが住んだ市の児童福祉課は、一時中断していた関係職員による月一回の「ケースカンファレンス」を昨年三月から再開した。家庭児童相談員、児童福祉ケースワーカー、保健婦ら市職員に、管轄児童相談所と保健所の県職員も加わり、虐待など子どもをめぐる個別ケースの対応を協議したり、経過報告も行う。保母や学校長の出席を求めることもある。
事件発生の一カ月前、市はヤスコから「このままでは子どもを殺してしまいそうな気がする」と相談を受けた。児童相談所につなげたことが確認できたため、ミノルちゃんについてのカンファレンスはしなかったという。「虐待の疑いがあるという通告がない以上、親権もあって家庭には入れない。事件後、対策を変えたということはない」と市の担当課長は説明した。
公判では、児童相談所での面接内容をめぐり被告・弁護側と検察側で主張の食い違いもあったが、児童相談所は「具体的なことは申し上げられないが、今後、家族の依頼があれば相談に応じる」としている。
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ミノルちゃんが生まれた病院は、低体重出生などハイリスクを抱えた新生児を対象に、退院後のフォローアップを目的とした予約制の特別外来を開設している。
ヤスコはミノルちゃん退院後、計三回診察に訪れたが、家出した九六年夏からは、三人の子どもを預かっていた夫ヒロシ(24)の母親がミノルちゃんと診察に訪れていた。九七年夏、ミノルちゃんの姉=当時(2つ)=がヒロシの実家でせっかんを受けて入院したのを機にヤスコは自分の実家に戻ったが、ミノルちゃんの外来には訪れなかった。
家族五人だけの生活となり、ミノルちゃんへのヤスコの暴力がエスカレートし始めた九八年三月の外来予約はキャンセルされた。ミノルちゃんの死亡が報じられたのは次の予約日当日だった。
ミノルちゃんと姉の主治医は別だった。この間、ヤスコが帰宅していることも分からず、一度もヤスコと連絡できなかったミノルちゃんの主治医は「情報がばらばらでつながらなかった。フットワークが悪かった。残念です」と話している。
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家族問題も含めて、今回のケースをどう考えたらいいのか。子ども虐待の臨床を続けている小児精神科医・奥山真紀子さん(県立小児医療センター保健発達部医長)を訪ねた。
(登場人物は仮名)
■虐待の通告義務 児童福祉法二五条は「保護者のない児童または保護者に監護させることが不適当であると認められる児童を発見したものは、これを福祉事務所または児童相談所に通告しなければならない」と定めている。厚生省は九七年六月二十日付で、通告義務の履行奨励と同時に、通告が守秘義務違反にならないことを都道府県知事あて児童家庭局長名通知で明確にした。
関東弁護士会連合会が九八年に関東甲信越の一都十県の県庁所在地にある公立小中学校、小児科のある病院などを対象に行ったアンケート調査では、医療機関の約半数が通告義務の存在を知っており、厚生省通知についても約四〇%が知っていた。しかし、虐待を発見した場合に「必ず通告する」のは四〇%にとどまった。通告しない理由は「虐待の確定診断ができない」「親との信頼関係を損ないたくない」がトップだった。
これに対し、学校は四四%が通告義務を知っているものの、厚生省通知を知っているのは二〇%にすぎず、発見すれば「必ず通告する」は四〇%だった。
(1999年1月6日掲載)
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