子ども虐待 家族間暴力の現場から 第1部 10
小児精神科医・奥山眞紀子さんに聞く
夢と現実の狭間で
−この事件全体のフレームをどう見るか。
あくまで記事を読んだ上での意見だが、根底にあるのは、ヤスコさんとヒロシさんの夫婦関係だと思う。そこに虐待を受けたミノルちゃんと長女、祖母が複雑に絡んでいる気がする。彼女は、夫に対して「自分の方だけ向いていてほしい」という気持ちがかなり強かったのではないか。
虐待ケースの中には、男女の一方が相手の関心を引きたいあまり、これでもかこれでもかと、相手を怒らせるかのように逸脱行動や暴力行動をとる例がある。「本気で自分と向き合ってほしい」という本音を隠して相手をテストする。
そうした「当て付け」や挑発に相手が反応してくれればいいが、そうでない場合、さらに行動がエスカレートして深みにはまっていく。人間の感情は不思議なもので、最初は当て付けだったはずなのに、途中からはそのラインで動機付けして自分を引っぱっていってしまうことはよくある。
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−ヤスコが「家族がばらばらになるのが怖かった」と言っている点は。
一見、行動と言葉が矛盾するようにみえるが、バタードウーマン(殴られ続けている女性や妻)に特徴的な、いったん離婚しても暴力を振るう相手と復縁するケースが多いのに似ている。互いに傷つけ合いながらも、実は求め合っていて、双方とも「あいつ(あの人)は自分がいないとだめなんだ。どんなことがあっても最終的には自分の所へ戻って来る」と信じているカップルは多い。そう思うことで、相手に対する感情的優位を確保しようとする。
ある種の「共依存」関係と言ってもいい。実はさらに自分の行動をがんじがらめにする「共束縛」の関係でもあるのだが…。その張り合いの狭間(はざま)で弱い子どもが犠牲にされてしまう。
一般に、愛情に満たされきれなかった人や身近な人の別離を体験した人ほど家族を「温かい強い絆(きずな)」として求める傾向が強い。まるで絵にかいたような家庭にあこがれたりする。カップルで子どもの乳母車を押して歩くシーンをイメージするとか、自己像をファンタジーでとらえる。
このカップルも二人とも夢の中を生きている感じがする。ヤスコさんは夢を実現しようとして、十八歳で妊娠し、二十二歳までの三年半に次々と三人の子どもを産んだのではないか。
ところが、夢は消せるが現実は消せない。ヤスコさんにとってはミノルちゃんの存在が消せない現実を突き付け、夢を壊す凶器のように感じられたのではないか。
男性は生身の子どもという現実から逃げることが社会的に許されるが、女性は現実と向き合わねばならない。“温かい家庭の優しい母親”を夢見ている彼女にとっては、夢と現実のあつれきは大きかったのだろう。
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−このケースの教訓は。
虐待する大人の多くが「しつけ」という言葉で暴力を語るが、その本質は「自分の言うことを聞かせる」ということだ。つまり「子どものため」と言っていながら、実際には世間や、しゅうと・しゅうとめから後ろ指をさされまいとか、より“いい親”として認められたい−など「親のため」「自分のため」であることに気付くべきだ。
十代での妊娠・出産・子育てには社会的サポートが必要。妊娠自体が悪いことではないが、社会的未熟さが残るヤスコさんの年齢で三人の子どもを抱えるのは大変なこと。同年代の女性の多くはまだ遊んでいるし、同じ年ごろの子どもの母親は彼女より年上であることも多く、孤立しがちなマイノリティーな存在だ。
彼女は「自分は危ない状態にある」とSOSを外に出した。かなり本音が入っていたはずだ。大人なら、嫌々ながらでも何とかやっていくだろうが、ヤスコさんはまだそこまではいっていない。
十代の妊娠・出産がアブノーマルだからという視点でなく「サポートしながら、最終的には個人が自由選択できる」−そういうシステムが必要だ。
(1999年1月7日掲載)
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