子ども虐待 家族間暴力の現場から 第1部 

実刑判決
解明されぬイライラ


 裁判長が判決文の用紙をめくる音だけが響く。十一月九日午後五時、浦和地裁三〇一号法廷。十人ほどの傍聴人は裁判長が口を開くのをじっと待った。

 二十五歳の被告人ヤスコは三児の母だ。二歳三カ月の二男ミノルちゃんをせっかんし、死なせたとして傷害致死罪に問われた。

 上下とも黒の服装に赤いサンダル履きは、初公判以来変わらない。肩までの髪は後ろで束ねている。傍聴席には、犯行のわずか四日前に二度目の母子面接を行った児童相談所の担当者の姿もあった。

 弁護側は、初公判の罪状認否で「事実関係は争わないが、事件当時の被告人は極度の育児ノイローゼと飲酒により心神耗弱の状態にあった」として、情状のみの弁護方針を明らかにしていた。しかし、精神鑑定は主張せず、最終弁論を前に「心神耗弱」の主張を撤回した。公判は二回で結審した。

 検察側は懲役四年を求刑した。弁護側は二回の審理で情状を訴え、執行猶予付き判決を期待したが、求刑段階でその「期待」は崩された。求刑三年なら<被告人の心情にも同情できる余地がある>とされ、猶予の可能性がある一というのが従来の傷害致死事件のT相場Uだ。しかし、四年の求刑は明らかに実刑要求のサインだった。求刑公判後、弁護人は「厳しい」との感想を漏らしていた。

 「被告人は前へ。判決を言い渡します。主文一被告人を懲役二年六月に処する。ただし未決こう留期間の九十日を算入する」

 実刑。情状酌量はなかった。判決が告げられた瞬間、それまでうつむいてすすり泣いていたヤスコは左手のハンカチをぎゅっと握り締めると、小さく肩を揺らした。

 ヤスコの母親(五三)はこの日、開廷四十分前にやって来た。怖いほど緊張した表情で傍聴席に座り、判決を待った。背筋ををピンと伸ばし、いすの背もたれに体を預けることは最後までなかった。一列後ろの夫ヒロシ(二四)は、ほとんど無表情のまま。実刑が告げられると、いらついたように両足を上下に何回か動かした。

 「夫と二人の子を持ちながら不倫に走り被害児を出産し、さらに三人の子どもの養育を放棄した。それ自体をあげつらうことはしないが、辛抱強く愛情を注ぐことを覚悟せねばならないのに、被告人の犯行は短絡的で自分の感情を優先させた身勝手なもの」一裁判長が判決理由の朗読に移ったところで、ヒロシは少し寂しそうな顔で首を垂れた。

 朗読後、裁判長は「あなた自身の性格上の問題もある。自分を見つめ直して、十分に反省してください」とヤスコに語りかけた。。

 判決の翌日、弁護人は東京高裁に控訴状を提出したが、同時に行った保釈請求は却下された。十一月一八日、ヤスコの意思で控訴は取り下げられ、実刑が確定した。弁護人は「一日も早い社会復帰を目指そう」とヤスコに話したという。

 検察側は論告でヤスコの暴行を「身勝手で動機に酌量の余地はない」と主張し、判決もほぼそれを受け入れた。子ども虐待を「しつけ」や「教育」という名の家族フレームに閉じこめなかったという意味で、今回の判決はこれまでのT常識Uから一歩踏み込んだ。

 だが、「短絡的、身勝手」といった法廷の常とう句だけで虐待の真相が丁寧に解き明かされたかどうかは疑問だ。リアルな家族像が浮かび上がったとの印象は薄い。

 子どもへの虐待がメディアをで報じられるたびに「育児ノイローゼ」という言葉が使われる。ヤスコの審理でも「いらいら」という言葉が、被告人本人も含め何度も使われた。しかし、「深く反省するだけでは虐待の解決にはならない」と指摘する専門家は多い。

                                             (登場人物は仮名です)

 

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 (19981212日掲載)


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